福沢諭吉が明治13年に創設したというサロンである交詢社に、私は一昨年から社員として加入している。毎週金曜に著名な方々をお招きして午餐会を開いているが、先日はコロンビア大学名誉教授のジェラルド・カーティス博士の講演を聴くことができた。
カーティス博士といえば大変な知日派で、日本の政治や社会と60年近く付き合っており、日本のことを最もよく知るアメリカ人といっても過言ではあるまい。1940年生まれだから現在85歳だが、しっかりした日本語で1時間半、立ったままで講演された姿は流石である。昨年、日経新聞の『私の履歴書』も執筆されたのは記憶に新しい。
講演では大きく4つのポイントを述べられた。第1に、第二次世界大戦後に作られた世界秩序は、2025年1月20日の第二次トランプ政権誕生とともに終焉を迎えたというショッキングな指摘だ。これまで80年間世界をリードしてきたアメリカは、かなり疲れてしまった。
具体的には、時間と手間のかかる民主主義の手続き、DEI(多様性、公平性、包括性)に嫌気をさし、世界の警察という役割は重すぎ、自ら蒔いたグローバルという種がアメリカを疲弊させているという嘆きを、トランプは率直に体現している。トランプが退任した後も、アメリカがその前に戻ることはないだろうという見立てである。
第2に、昨年の大統領選挙はトランプの勝利でなく、カマラ・ハリスが負けた、民主党が負けたという分析である。カーティス博士は根っからの民主党支持者だが、かつての民主党が、工場労働者をはじめ、中産階級を幅広く救う政治を志向していたものの、最近は知識層が幅を利かす政党に変わり、従来の支持層を手放してしまったのではないかという考えだ。アメリカ東海岸や西海岸では強みを持つが、中西部や南部では支持率を落としていることからも頷ける分析だ。
第3は、トランプの政治手法は確かに乱暴で短絡的、行儀が悪いと誰もが指摘するが、一方でラストベルト(錆びついた工業地帯)に光を当て、アメリカの製造業をかつてのように蘇らせたい、アメリカ経済を食い物にして成長して来た国々に「落とし前を付けさせる」という手法は、多くのアメリカ人のプライドを刺激するのに十分かも知れない。また非効率を生み出す規制を撤廃したり、小さな政府を目指す政策は、アメリカにとって悪いことではないとも言える。
そして最後のポイントとして指摘したのは、アメリカのパワー低下の一方で、日本にはチャンスが巡って来たということだ。アメリカに代わって世界を引っ張ることはできないが、「ソフトパワー」(前回述べたジョセフ・ナイと同じ意味で)で国々を引き付けることは可能だという示唆である。
ASEAN、インド太平洋、中東、グローバルサウスに対して、緩やかな影響を与えたり、まとめて上げていくことに挑戦すべきだと、最後は日本に対するエールを送ってくれた。この指摘に我々はどう応えていくのか、正念場を迎えている。