昨年5月のEU離脱という国民投票の結果を受けて、イギリスのメイ首相はEUとのハードな交渉を有利に進めるため、政権の一層の安定を目論んで、下院議員の総選挙を実施した。2020年まである議員任期を、大幅に前倒ししての決断だった。
ところが予想に反して、与党・保守党は第一党は確保したものの、過半数を獲得することが出来なかった。予期せざる誤算である。北アイルランドの保守政党・民主統一党と連立を組むことで、辛うじて過半数を維持する見込みとなり、ようやく女王から組閣の承認を得た。
今回の敗因はまず、年金制度の見直しという選挙公約が、「年寄り切り捨て」と国民に受け止められたことだ。また投票日直前まで、イギリス各地でテロが相次いだが、メイ首相の内務相時代に、警察官を2割削減したことが、テロを防げなかった遠因ではないかと囁かれたことも大きかった。
さらに考察すると、EUとの間合いをどのくらい取るべきか、イギリス国民のアンビバレントな苦悩が、今回の選挙結果に現れたとも言えよう。昨年のEU離脱(ブレグジット)を決定した国民投票の結果に、まず多くの国民は戸惑った。その後誕生したメイ政権が、EUとのハードな交渉を選択し、移民受け入れを拒む一方で、EU市場からの完全離脱を目指すことに、少なからぬ懸念を示していた。
一方の労働党は、EU市場との適度な距離を置きつつ、その恩恵を幾らかでも残したいという、穏健な交渉を表明していた。イギリス国民は急変を望まず、穏健なブレグジットを望み、労働党の議席を増加させたのだろう。今後もこの両論の間で、国民世論は迷いを露呈するのではないか。
かつてのイギリスは高福祉高負担の道を選択し、そのことが「英国病」とまで言われた経済の停滞と社会の混乱を招いた。サッチャー首相が出てきて、自己責任と自助努力を重視した「新保守主義」を標榜した改革を断行し、見事にイギリスは再生した。その強固な政策遂行を評して、サッチャー女史は「鉄の女」と称された。
今はメイ首相のお手並み拝見という状況だが、今後の組閣にもたついたり、EUとの交渉にリーダーシップが発揮できなければ、かつての「英国病」が再発したり、「新たな停滞」を招いたりするのではないかと危惧するのは、私だけではないはずだ。