今年も8月6日の広島、9日の平和祈念式典、そして15日の終戦記念日と、祈りの季節が巡ってきた。国民の皆がそれぞれの場所、それぞれの想いで祈りを捧げる静かな日々になる。そうした中先日は、広島の原爆ドームの世界遺産登録をめぐるNHK番組が放映された。私も釘付けで視聴した。
広島を中心とした被爆者団体や、賛同する多くの国民の要望を受け、日本政府は1995年(平成7年)にUNESCOに世界遺産の推薦を行い、96年(平成8年)12月に正式登録が実現した。そう述べると、いとも簡単に登録できた印象を受けるが、実は大きなハードルが待ち構えていた。
広島・長崎に原爆を投下したアメリカでは、「あの過酷な太平洋戦争を早期に終わらせたのは原爆投下があったからだ」という、肯定的な意見が多く、原爆遺構であるドームの世界遺産登録に反対する声もあった。そこで日本政府としては「世界で初めて使用された核兵器によるもの」という報告書を修正した。
さらにアメリカは遺産決定の採決には参加せず、決議後に発言を求めて、同意していなかったことを表明した。まさに薄氷を踏むような、際どい選定過程であったことが、番組では強調されていた。その間、外務省、文化庁をはじめとする政府関係者、また強力な後押しをした羽田孜元総理の名前も出て、まさに総力を上げてアメリカを説得した経緯が語られていた。
このように原爆を落とされた日本側と、それを使用したアメリカ側で、認識の隔たりが大きく異なっていたことに、今更ながら考えさせられる。そうした中でも、現職のオバマ大統領が、広島平和記念式典に参列されたことが、如何に大変な事だったかが想起される。
「相互確証破壊の現実を踏まえた核不使用」などという、究極の選択を強いられる現代の世界に対して、世界遺産の原爆ドームは第二、第三のドームを生むなと語らなければならない。来年4月7日は、今の国会議事堂の上棟式から100年になるが、原爆ドームと同い年の「被爆ピアノ」を、議事堂の中で弾くというイベントを、超党派議員の仲間とともに企画している。ドームとともに核なき世界を求めていかなければならない。