正月1日の能登半島地震の被災地に救援物資を届ける、海上保安庁のロンバルディア・プロペラ機(のち海保機と記す)が、翌2日夕方、羽田空港C滑走路に着陸した新千歳発の日本航空機(のち日航機と記す)に追突され、両機とも激しく炎上した。幸い日航機の379名の乗客乗員は全員、炎上する機体から奇跡的に脱出した。怪我人も出たが17人に留まった。しかし残念なことに、海保機に搭乗の隊員5人が殉職、機長が重傷を負った。
早速、運輸安全委員会(前身は航空事故調査委員会)が動き出した。事故の原因究明は警察と連携して行うが、運輸安全委員会にはさらに再発防止策の策定という重要な役割がある。我が郷土出身でノンフィクション作家の柳田邦夫氏は、『マッハの恐怖』『ガン回廊の朝』などの代表作を著しているが、大規模な事故では原因究明や責任の所在を明らかにする以上に、再発防止の観点がいかに重要かを、彼は幾度となく指摘してきた。かつての事故調や運輸安全委員会の運営においては、その思想が生かされている。
この度の事故原因については、幾つかのヒューマン・エラーが重なったのではないかと言われている。管制官の離陸順位「ナンバーワン」という呼びかけに、海保機の機長は離陸許可と解釈してしまったかもしれない。その背景には被災地にいち早く物資を届けたいという、「ハリーアップ症候群」があったかも知れない。また機長は日航機の着陸許可を聴き逃していたかもしれない。管制官は着陸のための滑走路クリア時に、他の航空機が侵入したことを示すアラーム点灯に、気づかなかったかもしれない。日航機も滑走路にいる海保機の確認を見逃したか、視認できなかったのかもしれない。これらの小さなミスが重なって、大事故につながった可能性が高い。
ここで思い出すのが「ハインリッヒの法則」である。労働災害などの分野で知られている事故発生の経験則だ。1件の重大事故の背後には、29件の大事故に至らなかった軽い事故があり、さらにその前には事故には至らなかったがヒヤリとした300件の異常があったという理屈だ。今回の事故発生の以前にも、きっと多くのヒヤリ・ハットが繰り返されていたかもしれない。ヒヤリ・ハットの段階で問題が発見されていればと悔やまれる。
また「フェイル・セーフ」という考え方も大切である。フェイル・セーフとは何らかの装置やシステムにおいて、誤作動や誤操作によって障害が起きた際、人間の安全を確保できるような方向に動くように設計されたシステムである。例えば車があるものに衝突しても、自ら壊れることによって、中の人間が受ける衝撃が小さくなるということである。
今回事故に遭ったエアバスA350は、燃費向上と快適さを増すため、軽量で硬い炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を多用していた。ところがこのCFRPは燃え広がるスピードが遅い割には、一度燃えだすと燃え尽きるまで消化しにくい特徴があるようだ。その故に、機体が燃え始めてから客室が燃えるまで、一定の時間がかかり、乗客全員の脱出につながったとも言われる。設計段階でこのことを想定して、意図的なフェイル・セーフを組み込んだかどうかは定かではないが、結果としてそのことが実現したと言えるのではないか。
これまでにも多くの航空機事故があり、その度ごとに新たな再発防止策が加わってきた。このような先人の知恵を最大限に活用して、未然に既知のタイプの事故を防ぐことも大切だが、新たなタイプの事故発生を予測して、先回りしてそれを避けるというような「アクティブ・セーフティ」の概念や技術を開発することが、一層求められている。