日本人1人ひとりに「マイナンバー」が付与され、それに基づいたマイナンバーカードの発行が始まったのが2016年。そこに個人情報が漸次紐付けされて来たが、マイナカード自体の普及率は2021年でも3割に満たなかった。したがってこの前の年に、政府が1人当たり10万円の定額特定給付金を支給する際は、カードが活用出来ず、自治体の職員による手作業に頼らざるを得なかった。当然、支給に要した時間は数ヶ月から半年に及んだ。
この反省から、政府は数次の「マイナポイント」などの誘い水で、低迷していたマイナカードの普及に躍起になり、普及率を8割に増やした他、健康保険証の個人データを紐付けることに着手した。2024年秋には紙媒体の保険証を廃止する算段だったが、ここで大きな問題に直面した。
自分のマイナカードに他人のデータが記入されてしまう例があちこちから報告された。カードの返上騒ぎまで拡大しつつある。確かに個人データが一枚のカードに集約されていれば、様々な行政手続きが迅速に間違いなく行われ、行政の簡素化や国民生活の利便性にも繋がる。しかしその大前提はデータ入力にミスがなく、大切な個人情報がきちんと守られており、国民がこの制度に信頼を置いていることだ。
なぜ入力ミスが頻発したのか。市町村の職員や嘱託を受けたものが手作業でデータを入力する際の人為ミスが考えられる。ミスの例としては、個人データをパソコンから入力した際、一度ログアウトしてから次の人のデータを入力すべきところ、ログアウトしなかったために、他人のデータが上書きされてしまう。同姓同名の人のデータをその他の情報を確認せずに、間違って入力してしまったなどである。その結果としてマイナカードを使ったコンビニでの住民票取得ですら、他人のものが出て来てしまうケースも報告されている。
人力で行う作業には一定のミスはつきものであり、彼らを責めるのは酷ではある。またミスの割合はさほど大きい数字ではないと指摘する人もいる。しかしことは大切な健康に関する個人情報であり、数字の問題ではない。自分の情報を他人が垣間見てしまうことなど、あってはならないことであり、マイナカードに対する国民の信頼は急速に低下してしまうのだ。制度に対す不信感から、カードを返上する国民の行動も理解できる。
マイナカードの所管官庁であるデジタル庁は言うまでもなく、各自治体を監督する総務省、健康保険制度の元締めである厚労省が必死になって総点検を始めたが、膨大な入力作業のマニュアル変更には、かなりの時間を要することは明らかである。にもかかわらず、来年秋の紙媒体の保険証を廃止するが、なお1年間は併用を認めるとする基本方針は崩していない。
政府はこの後も、マイナカードに運転免許証や銀行口座などを順次紐付けていく方針だが、ここは一度立ち止まって、最初の躓きを徹底的に検証して、マイナカードに対する国民の不安や不信を払拭することの方が急務ではないか。紙の保険証の廃止時期をさらに延長することも選択肢だ。このまま突き進んでいくと、かつての「消えた年金」の騒動と同様な、いやそれ以上の混乱を招きかねないからである。