「反撃能力」の保有とは昨年末の防衛3文書の改訂の際に盛り込まれた、防衛力強化のための重要なアイテムである。かつては「敵基地攻撃能力」と称され、戦後間もない保安隊時代から、旧軍関係者を中心に断続的に研究が続けられてきた。防衛庁時代も1990年前後に検討されていたが、沙汰止みだった。ようやく今回の改訂において日の目を見ることとなった。
ただ「敵基地攻撃」との表現は直接的過ぎるため、「反撃」という表現に置き換えた。しかしそうなると印象ばかりでなく、意味合いも少し違ってしまったように思える。誤魔化しではないが、誤解を与える可能性があるため、いずれは元の表現に戻すべきだろう。
敵基地攻撃の必要性は、以前から指摘されてきた。敵が今まさに、日本に向けてミサイルを発射しようとしている事態、即ち日本の攻撃に着手したことが明らかになった際、我が国は防衛のために何らかの行動を取る必要がある。この件をはじめて触れた政府答弁は、少し長くなるが次のとおりである。
「我が国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。」
これは1956年(昭和31年)の予算委員会において船田中・防衛庁長官(当時)が、鳩山一郎総理大臣の答弁を代読したものである。敵基地攻撃が自衛の範疇に入ることを、極めて冷静に、法理論的に説明していると思われる。敵からミサイルが発射された後に反撃に転じても、仮に迎撃が100%でなければ、我が国は甚大な被害を被ることになる。被害を回避するためには、発射される前に敵基地を叩くことが防衛の一手段であり、自衛の範疇に入ることは明確だ。
確かに理論的にはそうであっても、しかし実際には敵がミサイルを撃つ前に攻撃することとなり、憲法第9条が要請する「専守防衛」という大原則から逸脱した「先制攻撃」と受け止められても仕方がない。しかも最近ミサイルを連発している北朝鮮は、攻撃の兆候が分かる液体燃料注入の必要がない、固形燃料ロケットを増やしており、攻撃着手のタイミングが測りにくくなった。
「敵基地攻撃能力の保有と使用」には、常にこのような矛盾を抱えており、今後とも議論を整理しておく必要がある。当面の正解は、我が国を攻めて来たら手酷い反撃を受けてしまうので、攻撃を回避しようと敵に思わせるほどの抑止力を持つことに尽きる。