木曜日の午前を定例として開催してきた衆議院憲法審査会だが、これまでは予算委員会中の開会が難しかったり、政局に翻弄されたりして、なかなか開催出来なかった。ところがこの国会ではほぼ毎週開催となっている。与党幹事の熱心な働きかけはもちろんのこと、維新の会と国民民主党の積極的な審議姿勢、さらにはロシアのウクライナ侵略など、国際情勢の影響も大きいと思われる。
最近のテーマは緊急事態条項を追加するかどうかだが、まずは議員の「出席」扱いを取り上げた。昨今のコロナ禍にあって、テレワークやリモート会議が常識となったが、国会議員も緊急事態で物理的に国会議事堂に登院出来ない時、リモートでも出席と見做せるかどうか、また出産や育児など個別の事情においても同様に扱えるかどうかと、議論が盛り上がった。
与野党間でほぼ合意できたことは、リモートでの参加を「出席」と認めるには憲法改正ではなく、国会法や衆議院規則の改正で対応できるのではないかということ。もちろん条件の明確化や本人の確認などは不可欠なことだ。これらを憲法審査会の提言として、衆議院議長並びに議院運営委員長に提出した。憲法改正には結び付かなかったが、憲法と密接に関係する事項を与野党間で合意できたことは、とても大きな前進だったと思う。
次の議題は緊急事態条項を憲法に付け加えるとしたら、どのような内容になるかである。衆議院法制局の調査によると、世界各国の憲法のうち93%は、何らかの形で緊急事態条項が存在するという。発動要件としては、大規模災害や今回のコロナ禍のようなパンデミック、内乱やテロ、そして外国からの侵略が世界の趨勢である。
誰が緊急事態を決めるかは、各国とも政府が提案して議会が承認するという形が一番多いようだ。また戦前のワイマール憲法下のドイツででナチスが実権を掌握出来たのは、非常事態を出し続けていたためと言われている。これを教訓とすれば、緊急事態の期限を決めることが極めて大切である。事態が収まらない時は、国会の承認により延長出来ることも認めるべきである。
さらに緊急事態発令の際に実施すべきと思われることは、各国の憲法の27%が規定する国会議員任期の延長である。衆議院議員4年、参議院議員6年で3年毎に半数改選という任期が、憲法に明記されている。任期満了間際に緊急事態が発生して、選挙が出来ない時は延長せざるを得ないだろう。また衆議院が解散された後に緊急事態が発生した時は、前議員の資格を一時的に復活させることも必要ではないか。現憲法には参議院の「緊急集会」の規定があるが、緊急事態であれば尚更、国会は衆参二院が揃っている必要がある。
次に考えられるのは、緊急事態に迅速に対応するため、政府が国会の承認を得ることなく、法律に代わる緊急政令や緊急予算を発出することだが、これについては各国憲法の緊急事態のうち、わずか7%しかない。その理由はおそらく、どのような事態であっても国会がきちんと機能している限りは、緊急政令の必要はなくなるからではないか。
最後は私権制限規定である。これが各国憲法のうち一番多く60%を超えるという。平時においては「公共の福祉」により個々人の権利の調整を行うことは可能だが、有事の時は一定の私権制限がないと権利のコントロールができなくなる。もちろん私権制限の際は必ず補償を伴うことは言うまでもない。たしかに災害救助法や武力攻撃事態法、国民保護法など個別の法律には、それぞれ一定の私権制限が記されているが、基本的な姿勢を憲法で明記しておくことで、安定的な運用が期待される。また私権制限を政府が恣意的に行ったり、濫用したりすることが防げる。
なお私は、緊急事態の時でも制限してはいけない権利を、あらかじめ決めておくことが必要ではないかと思う。例えば思想・信条の自由、表現の自由、良心の自由など、緊急時には壊れやすい権利であり、民主主義を維持するためには不可欠の権利であるからだ。
自民党の憲法改正4項目の案では、これら3項目を盛り込んだ緊急事態条項を提案して来たが、今後の与野党間の話し合いによっては緊急政令は外すなど、柔軟に対応すべきである。またそれを通じて幅広い合意を目指すべきである。拙速はいけないが倦んでもいけない。着実に議論を積み上げながら、改正に向けての歩みを目指していきたい。