去る7月5日から8日にかけて、西日本の広い範囲で50年に一度、いや未だかつて経験したことのないほどの豪雨が降り続き、200名を超える犠牲者と60名を超える行方不明者を出してしまった。また全国で6000名ほどが避難生活を強いられており、心からお悔やみとお見舞いを申し上げなければならない。
自衛隊の災害出動や救援物資の早急な手配、激甚災害の指定による復旧作業など、政府としては迅速な活動を展開中だが、被災家屋の片付けなど細かい作業には、やはり災害ボランティアの活躍が期待される。酷暑の中、水不足で粉塵が舞う過酷な環境下での作業になるので、十分な準備をしなければならない。
3年前の9月10日、北関東や東北南部を襲った豪雨災害に私たちは遭遇した。バケツをひっくり返したような豪雨が長い時間降り続き、鬼怒川下流の常総市では堤防の決壊によって、町のほとんどが水に浸かってしまった。犠牲者の中には私の学校の教員の息子さんも含まれており、人ごとではないと実感した。
その際に初めて耳にした言葉が「線状降水帯」である。風の通り道となった帯状の地域に、次々と活発な積乱雲が発生して、長時間にわたって強い雨が降り続くという現象だ。当時はまず群馬県高崎市や前橋市あたりで発生し、徐々に東に流れて日光市、鹿沼市、宇都宮市、小山市付近に停滞し続けたのだ。
この度の豪雨禍もまさにこの「線状降水帯」によって引き起こされたわけで、当初は北九州や熊本で発生し、やがて愛媛県西部、広島県東部、岡山県西部、兵庫県北部、京都府北西部、そして岐阜県に至るまで、極めて広範囲に降水帯が猛威を振るった。地域的に見ても降水量から見ても、3年前の北関東とは比べ物にならないほど甚大だった。
なぜこのように被害が大きくなったのか。気象庁は、中途半端に張り出した太平洋高気圧の西の縁(へり)を南風が吹き込み、そこに崩れた台風が大量の水蒸気を供給するという、いくつかの要因が重なったからだと推測する。しかし確定的なことは、さらなる分析を待たなければならない。
ひとつ確実に言えることは、CO2などの温暖化ガスによる地球温暖化が背景にあるということだ。気温が上がれば大気に含まれる水蒸気の量が増える。だからひとたび温度差のある気団がぶつかり合えば、降雨量も当然増える。日本に限らず世界の異常気象の多くが、この温暖化によって説明できるはずだ。
温暖化が進めば、毎年のように線状降水帯が猛威を振るうことは避けられないだろう。アメリカが脱退して存続が危ぶまれている「パリ協定」を、世界各国はもう一度評価・実行し、これ以上の被害が出ないようにスクラムを組み直さなければなるまい。