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第三部 外交を変える

第十章
民主・人権・市場の原則を貫け

日米安保からアジア太平洋安保へ

  日本とアメリカはアジア・太平洋地域における二大安定勢力である。この基本的事実は現在および近い将来においても大きな変化はないだろう。両国は、そのGNPを合算すれば全世界の約四十パーセントに相当するという単なる経済統計上の重みだけでなく、この地域における政治的な安定勢力でもある。
  もちろん、中国も東アジアにおける大きな勢力である。しかしながら、政治的な不安定、経済混乱の可能性を否定できない。加えて、台湾問題がからんでいる。近未来において、中国が政治的安定勢力になるという保証は存在しないといわざる得ない。
  朝鮮半島は不安定要因を抱え、ASEANも、東南アジアにおける地域協力と利害調整の場として存続するものの、多様な国々の集まりであり、近い将来においては、統一された政治的安定勢力とはなり得ないだろう。
  アジア・太平洋全域において責任を負い得る安定勢力という点でいえば、やはり日米両国しか存在しないわけである。したがって日本とアメリカは、両国の共通の利益およびこの地域全体の利益のために、主導的役割を演ずる大きな機会に恵まれている。
  何をやるか。世界が方向感覚を失っているといわれるポスト冷戦時代において、両国の役割は、既存の安保体制に依拠しつつ、さらにそれを多面的に活用することが必要かつ可能であると言わなければならない。すなわち、日米安保がアジア・太平洋安保へと変質を迫られている。ひらたく言えば、日米安保が日本の安全だけでなく、アジア・太平洋全域の安全に寄与する必要性がでてきている、ということである。
  ところで、日米安保体制を二国間のものからアジア・太平洋全域の安保体制に変質するとき最初に突き当たる問題は、日米安保の片務性を理由として条文改正を求める議論が予想されることだ。この意見を簡単に言えば、アメリカは日本を守る義務があるにもかかわらず、日本はアメリカの領域を防衛する義務がないという片務性を是正すべきだ、という議論である。
  しかし、他国に対する防衛義務だけが条約上の義務でもないし、また主要な義務でもない。よく知られているように、日本はアメリカに対してかけがえのない価値を提供している。東アジア大陸諸国に近接し、高度な工業力や技術力に支えられた基地のネットワークがあり、その中には極めて重要な情報収集能力の最先端部門(アンテナ類)などが含まれる。
  偵察用の人口衛星が発達した現代でも、近隣諸国から発せられる軍事用の各種電波を漏らさず傍受、分析することの軍事的意味、ひいては地域の情勢に対する抑止効果は計り知れないほど大きい。
  また、日本の高度な技術は大きな利益を在日米軍に提供している。これによって初めて、ハイテク装備の米軍がアジアで維持・展開が可能なわけであり、その代表が横須賀のドックに象徴される第七艦隊支援施設である。コストの安いフィリピンから米軍が引き揚げても、日本から引き揚げない理由はここにある。さらに、いわゆる思いやり予算によって、この利点はなお一層倍加されていると言わなければならない。
  したがって、安保条約は現在のような片務性を改めて、双方が相手国の領域防衛義務を負うというような、表面的な平等を求める必要性は理論的にも存在せず、また、政治的にも差し迫った問題ではない、と私は思う。
  むしろ日本の特色を生かして、運用を改善し、アジア・太平洋地域のみならず、東南アジア、インド洋海域、さらにペルシャ湾海域における米軍の行動を支援できるような運用改善が、この地域の安定に望ましいといわなければならない。
  湾岸戦争の時、沖縄の米軍海兵隊は兵員としてサウジアラビアに派遣され、現地で武器を受け取り、部隊として編成された。現在の協定では、沖縄から部隊単位の出撃は行えないのである。このような変則的な事態を放置しておくことは、日米安保をアジア・太平洋の安全に寄与できるようにする上で、重大な障害となることは言うまでもない。日本の国内政治上のサボタージュが、日米安保体制の、インド洋まで視野にいれた広範囲にわたる抑止・安定機能を損なっているともいえる。
  この点は、早急に改善する必要がある。
  一方、日米安保がアジア・太平洋安保へと変質する過程において、日本の役割もまた変化しなければらない。この点は軍事のみならず、安全保障その他の政治経済における対外関係全般についても当てはまる。
  すなわち、日本はこれまでのように、防衛のみならず政治・外交上においても、単なるアメリカの補完勢力であったといえる。この立場から脱却しなければならない。少なくとも、アジア・太平洋諸国の責任ある一員として、アメリカの気づかないような問題、あるいは、乗りたがらないような問題を敢えて提起し、アメリカを巻き込んだアジア・太平洋全体の問題として、その解決にアメリカとともにイニシアティブをとる努力を払う必要がある。
  すなわち、日本が責任ある問題提起型国家として、アジア・太平洋全域を視野にいれた新しい役割を演じる必要がある。その解決のためにアメリカを巻き込むことが重要であり、その大前提として日米安保体制がある。
  日米安保がこのように機能したとき、アジア・太平洋安保に変質、進化したといえるのではないだろうか。

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