第三部 外交を変える 第十一章 新しいアジア政策を考える 外交の原則を貫け 朝鮮半島よりもっと深刻なのは、むしろ、中国のアジアにおける存在の大きさと中・台関係である。 私は心情的には親台湾である。その理由は、今の台湾政府、つまり中華民国の指導者だった故○介石総統が敗戦時の日本に対して「以徳報怨」−国を侵略した日本軍閥は怨んでも日本国民を怨んではならない−の精神で、中国大陸にいた日本人を無事に本国まで送還し、共産ソ連による日本の占領統治に反対してくれた。このため、今日の繁栄した日本があるということは歴史的事実である。 もちろん、その後の中国内戦で、○介石は毛沢東率いる共産党との戦いに破れ、台湾に移ったが、大陸を制覇した中国共産党・中華人民共和国政府との正統性をめぐる対立は現在にいたるまで続いている。いわゆる「二つの中国」問題は、国際連合加盟をめぐって、戦後ずっと争われている問題であることは周知のことだ。 中国は、自分達が世界の中の中心であるという中華思想、覇権国家の意識、行動様式は絶対に捨てないだろう。われわれが隣の国としてつきあう場合、そうした相手の本能を忘れずに、ある程度は彼らの自負心を満足させていく、したたかな外交が必要となってくる。 その上で「二つの中国」問題を考えると、いくら議論しても結論は出ない。突き放した言い方をすれば、それは中華民族の兄弟喧嘩、内輪話である。向こうを認めてこちらを認めないのはけしからん、というのは外国にとっては大変迷惑な話だ。 大陸には中華人民共和国(中国)があり、台湾島には中華民国政府(台湾)があるという現実がある。現在のように、中国だけを国際的に認めると世界や日本が宣言しても、台湾は、外貨を一千億ドルも保有する経済大国であり、二千万人の人が住んでいる。その事実は消しようがない。 日本の政治家や外務省は、中国のこととなると必要以上に神経を遣いすぎる傾向がある。私は、必要以上に遠慮することなく、毅然とした態度で臨むべきだと思う。 過去の問題については、反省する点はきちんと反省し、筋を通すべきところは筋を通すべきだ。これは、朝鮮半島についてもいえる。 私は、朝鮮半島や中国に対する場合においても、例外をつくってはならないと思う。世界の他の国々に対する場合と同じ原則を貫く必要があると思うのだ。 たとえば、北朝鮮の核疑惑の問題でいえば、表面的には事態が好ましい方向に進んでいるように見える。しかし、国連の対処の仕方に私は疑問に思う点がある。イラクに対する場合と極端に違うのだ。 周知のように、イラクに対しては、国連で大量破壊兵器と弾道ミサイルの破棄を求める特別決議が行われ、そのための委員会が国連本部に出来た。そして、バクダッドの現地事務所のほか、イラク国内で四つの査察チームがつくられた。すなわち、化学兵器チーム、核兵器チーム、生物兵器チーム、弾道ミサイル兵器チームである。 化学兵器チームには日本からも自衛隊の専門家が派遣され、サリンを含む化学兵器を爆破しているのである。 イラクに対しては、そこまで厳格な対応をしている。 それに比べて、北朝鮮の核疑惑に対しては極めて甘い。五年間は放置して核疑惑に蓋をしたままで、軽水炉の建設に対しては資金を提供する、重油も提供する、コメも提供する、という対応である。 その結果、自衛隊は一万キロ彼方まで出向いてイラクの化学兵器を爆破して帰ってきたのに、目の前の北朝鮮の核疑惑に関しては何の手も打てない。ちょうど、隣家の火薬庫には手を出せないのに、隣町の火薬庫の火を消してきたようなものである。 しかし、だからといって、今からアメリカに働きかけて北朝鮮の核疑惑に強硬に対処するよう求めるべきだというのではない。それをやって、万が一での危機的な事態になっても、日本は対応できないだろう。 しかし、軽水炉支援のために資金を提供する場合は、人権問題で疑惑のある国や武器輸出している国には援助を控えるというODA原則を北朝鮮に対しても貫くべきではないだろうか。もちろん、日本は北朝鮮との間に国交はない。しかし、国民の税金を使う以上は、この原則を守るべきだと思うのである。 単にアメリカが要求するから資金を出すというのではなく、国民の税金を支出するかぎり、日本としての主体的な判断が求められるのである。 中国に対しても同じことだ。武器輸出しているとすれば、当然、ODA原則を適用すべきだと私は思う。相手をみて原則を曲げていては、相手に軽視されるだけであろう。 また、中国に対しては、アジアにおける存在の大きさに考慮して、できるだけ国際舞台に引きずり込むよう、日本は、アメリカと協力して働きかける必要がある。 たとえば、南沙問題がある。 この問題がなかなか解決をみないのは、中国が二国間協議にこだわっているからだ。あの巨大な中国と領有権を争っている他の国、たとえばマレーシアやフィリピンとかが二国間で協議するのは、巨人と小人の交渉であって結果は見えている。巨人は小人を力で抑えようとし、小人はしたたかに立ち回って言うことを聞かない。 この閉塞状況を打ち破るためには、まず中国をASEAN拡大外相会議に正式メンバーとして迎えることである。中国は二国間協議が壊れることを警戒して加盟したがらないが、中国が入らないこの種の会議は、単なる社交場になってしまいがちだ。その意味でも、中国をASEANに入れる必要がある。 その上で、この拡大外相会議の下に、関係三カ国の代表からなる南沙問題の専門家会議を設けるのである。すなわち、南沙問題を国際化して、アメリカも引き込むのである。 アメリカは南沙問題自体については不干渉主義をとってきたが、最近は、領有権そのものではなく、周辺海域の安全航行に関しては深い関心を示すようになった。安全航行のため艦艇による保護もやる、という方向に変わってきているのである。
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