第二部 経済・社会を変える 第八章 活力ある社会をつくる 企業中心社会から個人中心社会へ さて、こうした厳しい競争の時代に日本の雇用、労働条件を守り、向上させていくにはどうしたらよいだろうか。 その答は、日本の労働力を高度化させていくしかないということになる。さもなけれは、雇用は失われ、あるいは生活水準を切り下げなくてはならないだろう。 いま多くの企業は東南アジアや中国に生産拠点を移しつつある。ある縫製業経営者の話によると、東南アジアでは、日本人の二十分の一の賃金で立派な縫い子さんを雇えるそうである。もし、日本人でも東南アジア人でも同じものを作れるのなら、日本人は二十倍の付加価値のあるものを作ってこそはじめて二十倍の賃金を得ることができるのである。 そのためには、個々人がますます自分の技能・能力を磨き、途上国の人たちより、より高度な製品やサービスを生産できるだけの労働力になっていないと困るのである。先に述べたように、これからの高度化された産業社会においては、新しいアイディアを出せる創造力のある人、この道なら余人に代えがたいという専門能力をもった人を企業は必要とする。そういう能力を高められる仕組みを整えてなくてはならない。 個人にとっては、自分自身への教育投資こそ最大の雇用保障ということになる。企業はこうした個人の自己啓発を積極的に援助して欲しい。また、政府も、個人の人的投資を最大限援助すべきである。そのためにも、前章で強調したように教育改革をしなければならない。 さらに重要なことは所得税を大幅に引き下げる税制改革である。 所得税とは、教育など勤労者に対してなされた投資の収益に対する課税である。すなわち、我々が勤労所得を得るのはいうまでもなく仕事をして何物かを生み出しているからだ。そして、その仕事は、これまでの教育や職業訓練の結果として得られた能力による。だからこそ、より長期間の教育を受けた人ほど所得は高くなるのである。 だとすれば、所得税というのは、そうした教育投資による収益への課税ということになる。時間とカネという投資費用をかけて大学教育を受けた結果、受けなかった場合に比べて所得が高くなる。その高くなった所得の分だけ所得税が多くなれば、それは投資収益への課税である。 もちろん、投資の収益に課税されるのが良くないといっているのではない。問題は、他の投資収益に対する課税に比べてどうかということだ。カネの投資の収益であれば利子は二十パーセントの課税であり、土地や不動産に対する投資収益への課税はもっと低い。 これに対して能力に対する投資収益である勤労所得は、累進的に課税される。こうなると、個人の投資行動決定において、自分の能力に投資するよりは、カネや不動産に投資した方がよいということになりかねない。 人間の能力に対する投資こそなにより大切な時代に、これでは困るのである。税制も、もっと個人の能力投資の意欲をくじかないようにしていかなければならない。所得税減税はそのためにどうしても必要だ。 さらにそれだけでなく、一部の経済学者が唱えているように、教育投資の費用は、所得から差し引いて控除できるようにすることも必要だろう。人的資本投資の収益である勤労所得に課税するのであれば、その収益を生み出す教育投資費用を控除するのが理屈からいっても当然ではないだろうか。 こうすれば、個人はもっと自分の能力開発に自分のカネを投資するようになり、それだけ自立できる。会社にそのまま在籍するか転職するか、自分の意思で自分の人生航路が切り拓けるのである。 さらに所得税が高いと、次のような問題がある。 企業は給与の形で社員に支払うと所得税でもっていかれる。それならばと、交際費やフリンジベネフィットの形で支払った方が従業員も助かるという構図である。このため、個人は企業との関連で消費を行い、レジャーを楽しむということになってしまう。報酬がきちんと給与の形で支払われていれば、従業員はそれをどのように使おうと自由であり、また、企業とは無関係に消費を行いレジャーを楽しめる。 とくに、こうした会社がらみの消費が問題なのは、この面でとりわけ企業規模間の格差がでやすいからである。立派な社宅や福利厚生施設を持てるのは大企業である。こうしたサービスを消費できるのは大企業の社員だけで、しかもそれは税金のかからない報酬である。交際費やタクシー券などふんだんに使える者も大企業の従業員であり、これまた所得税のかからない報酬になっている。 その結果、大企業の社員であればあるほど、会社に縛りつけられてしまう。 個人が企業組織に縛りつけられて埋没し、企業組織が社会の主人公として大手を振ってきたのが現在までの日本社会だった。しかし、この国際化の時代では、もうこのような形ではやっていけない。これからは、個人が社会の主人公となり、自由に自己主張のできる社会にする必要がある。 それが実現したとき、女子学生も大手を振って就職できるようになるだろう。
|
Copyright(c)1996-2003 Hajime Funada.
All rights reserved. |